学習意欲

共感してあげることで子どもの学習意欲が高まる

子どもが勉強をしないとき、親はどのように接すればよいのでしょうか?

感情的に叱るのはよくないということは、どの親も思っていると思います。冷静になって「なぜ勉強しなければいけないのか」「勉強して学力が高くなると、将来どれだけいいことがあるのか」「勉強をしないで怠け者でいると将来がどうなってしまうのか」などを諭すように言って聞かせるのはどうででしょう?実は、この対応もだめなのです。「お母さんはね、あなたのことを思って言っているのよ」「あなたによくなってもらおうと思って言っているのよ」と言うのもよくありません。勉強しない子どもを叱るタイミングで言ってはいけません。

「あなたのことを思って言っている」というのは、この言葉の裏に(お母さんの言う通りにしないと、あなたの将来はひどいことになる)という意味を含んでいます。これは、言われたほうの子どもにとっては(自分は母親に操縦されている、母親の管理下にある)という気持ちになります。母親への依存心が強い子どもならば、母親の「あなたのことを思って言っている」という言葉に従ってある程度は勉強するようになるでしょうが、自主的に勉強するというわけではないので、形ばかりの勉強になりがちであり、成績は上がりにくいでしょう。母親への依存心が弱く、独立心が強く、自主的にいろいろなことに挑戦したい気持ちを持った子どもならば、母親の言葉に反発を感じ、かえって今まで以上に勉強をしないかもしれません。

それでは、どのように接すればいいのでしょうか?

それは、母親は子どもを諭さないことです。「あなたのためを思って」や「勉強はこういう理由で大切だから」と言わないことです。勉強の大切さは普段の会話の中で、子どもの勉強とは全く別の流れで話すことが大切です。たとえば、二宮尊徳(二宮金次郎)が農民の身分でありながら藩に侍としてとりたてられ、江戸幕府には重臣として重用されたのは、勤勉でありよく勉強もしたこと、出世したから偉いというよりは、自分が学問によって身につけた知恵を用いて良い政策を打ち出して、多くの民衆を飢饉の飢えから救ったことが偉いということなどを、なんでもないときに話すのです。そのとき「あなたも二宮金次郎のように頑張りなさい」などとは口が裂けても言ってはいけません。それでは説教になっていまいます。子どもの自主的に頑張る気持ちが育たなくなります。二宮金次郎の話をするだけにとどめておけば、子どもは自分の心の内で(自分も二宮金次郎のように人々に役立つ人間になりたい)という気持ちが芽生えます。こういった気持ちになる機会が多くなれば、こうした思いは行動を伴うほどの強い意志になります。

話をもどします。子どもを諭さないやり方での接し方とはなんでしょうか?

それは、親は自分の率直な感情を見せることです。子どもが勉強をしないとき、親は怒ったり呆れたりする気持ちにもなるでしょうが、子どもの将来が危ぶまれて、不安になり、悲しくもなる気持ちも起きるでしょう。この不安や悲しみをはっきりと見せるのです。「あなたが勉強をしないでいて、お母さんは不安だ」「お母さんは悲しい」と言い、不安で悲しい表情をはっきりとするのです。なぜ悲しいのかは絶対に言ってはだめです。そう言われた子どもは、よっぽどひどい親子関係ではない限り、(親を悲しませないために自分は頑張る)という気持ちになります。子どもは親のことが好きであり、親を喜ばせたいという気持ちを常に持っているのです。

また、「あなたのことを思って言っている」という言葉よりも、「どうして勉強しないの」と叱った方がずっと良いです。ずっと良いというか、比較にならないほど良いです。「どうして勉強しないの」と叱りながら、悲しい表情をすればいいのです。

それでは、子どもがテストで良い成績を収めたとき、親はどのような接し方をすればいいのでしょう?「あなたはもともとの能力が高いから」や「努力したから良い点がとれたんだね」などと言うことが多いでしょう。あながち、間違いではありませんが、これよりもずっと大切な接し方があります。それは「お母さんは嬉しい」「お父さんは嬉しい」と言いながら、自分の喜びを素直に見せることです。子どもは(お父さん、お母さんがこんなに喜んでくれて自分も嬉しい、次も頑張ろう)という気持ちになります。親は、嬉しいと言ってにこにこしていれば、それだけで十分なのです。喜びの表情に何か言葉を付け加えたいと思っても、あえて言葉を付け加えずに喜びの感情をさらに大きくすればいいのです。スポーツで子どもが活躍したとき、親や祖父母の喜びをテレビ中継で映したりしますが、努力も良くし、優れた成績を残した選手の親は、率直に喜びを表す素朴な人柄であることのほうが多いです。勉強でもスポーツでも、子どもが努力を重ねる原動力は、親を喜ばせたいという気持ちであることが多いです。貧困家庭であったりする場合は、自分が貧困から抜け出したいという気持ちよりも、働きづくめの親を楽させたい気持ちがはるかに強く、それを実現させたくてスポーツにおいて努力するというようなことが多いです。

子どもがだめなときも良いときも、親は、自分の率直な思いを子どもに見せることです。そうすれば、子どもは自主的にものごとに取り組み、努力してその取り組みを続けるようになります。その取り組みが勉強であれば、高い学習意欲となります。